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maittä

助けて欲しいなんて言ってないし。

また本のはなしをするよ

友達
高校に入るまで携帯を持っていなかったので、母親の携帯を借りてメールをすることもありましたが、友達との連絡手段は主にお手紙でした。転校しても手紙を交換し続けてくれた友達や、中学時代にお互い辛いのを励ましあった友達が自分にも居たんだって思い出させてくれました。どうしてこのタイミングで、どうして過去形なのかというと、ちょっとしたストーリーがあって。今日はその話をしようと思います。

昨日行った本屋で、たまたま手に取った小説が「生きてるうちに、さよならを (集英社文庫)」というものでした。なんとなく南国の海を写した表紙が目に入って、近くに椅子があったので中身をちょっと覗いてみようと座って読んだらなんと弱冠250ページ読み切ってしまいました。タイトルからは想像できなくて、綺麗で爽やかな表紙に似合わない内容で、衝撃の結末でした。読み切っちゃったけど誰かに読ませたくて買おうか悩んだくらいでした。(結局買わなかったけれど。)
冒頭で、生前葬について触れるんです。タイトルが「生きているうちに、さよならを」だったので、まあそんな話かなって思って読み進めていたのですが。本当の葬式と差別化させるために、「しばらく会っていない昔の友人」などを生前葬に招待しようと言うのです。そこで、私はまだ21歳なのですが、既にそんな関係になってしまっている友人に思い当たりがありました。生前葬の話題を持ちかけたのは高齢のおばあさんだったのですが、『残された人生がわずかなものでなくても会わなくなった人との関係はそれっきり』のように語っていました。なるほど、たしかにそうかもしれない。
今になってパッと思い出すことのなくなった、昔住んでいた街の近所の人とか、ちょっと遊んだことのあるような友達とは言えない微妙な存在とか、そんな人たちとの関わりが意外にも自分の運命を大きく変えてくれていたりするんだよ〜っていうのが凄く印象的でした。(表現が下手でうまく伝えられないのが悔しいよ。)

本を読みながら、ぼんやり自分の今まであったことを思い出していました。あんなに手紙を交換し合っていた仲だったのに、もうしばらく連絡取っていないなっていう友達が居たのを思い出していました。微妙な関係だったなって思う人でさえ自分の運命を大きく変えられちゃうんだから、それ以上の関係だった人に与えられたものって凄まじいパワーだったんじゃないかなって思う。(凄まじいパワーっていう表現が頭の弱さを物語っているよね。SPIってなんであんなに難しいんだろうね。)
そういうわけで凄まじいパワーを与えてくれた古い友人のくれた手紙を整理しました。最近地震が多くて、大切なものがいつ失われるか分からないよって改めて気付かされたこともあって、手紙をデータ化することにしました。データ化している間、手紙の内容から今までにどんなことがあったのかいっぱい思い出すことができました。この作業をしたせいで、ノスタルジアが爆発しました。

不意に心をキュンとさせてくれた、しばらく会っていない友達に連絡をしよう。きっと、あの頃と全然違う!ってなるはずだから、2度目のはじめましてをする気持ちで連絡をしよう。社会人になったり、就活をしていたり、もしかしたら隣に旦那さんがいるかもしれない。私はいま無職だけどね。。

これから本を読んでみようって思った方に向けてですが、<おわりに>の章は、読まなくてもいいかもしれません。読んでも読まなくても、モヤモヤな気持ちにはならないと思うので。
ヒューマンドラマかなと思わせておきながら、本の内容はゴリゴリのサスペンスでした。本読み名人にはありきたりな内容かも知れないですが、私のような本読み初級者さんはとっても楽しめる1冊だとおもいますよ。

p.s.自分の葬式は要らないと思っているし、生前葬なんてもっての外だと思った21歳。これから人の波にたくさん揉まれて「死んだら盛大な葬式にしてちょうだい…」って言い残して死ぬファンキーばあちゃんになっていたら笑っちゃうよね。なりかねないわ。